世界的なシェアを誇るホンダの二輪車・自動車は、エンジンが素晴らしいと称されF1の世界にも進出しています。
そんなホンダは、本田宗一郎氏が創業した会社です。
この記事ではホンダと本田宗一郎氏の歴史、そして創業者の著書である『やりたいことをやれ』についてまとめてみました。
最後には本のレビューもご紹介しているので、ホンダについて気になる方はぜひ最後までご覧ください。
目次
本田技研工業株式会社について
「ホンダ」や「Honda」といった通称でたくさんの人に認知されている本田技研工業株式会社は、言わずと知れた自動車メーカーです。
国内の市場規模は2位を誇っており、自動車の販売台数は世界第7位にも及びます。
世界的に流通しているだけあって、ホンダ車を愛用しているという方も多いでしょう。
また、企業について少し気になっている方も多いのではないでしょうか?まずは、本田技研工業株式会社について説明していきます。どういった魅力を秘めた会社なのか知っていきましょう。
会社概要
本田技研工業株式会社は、1948年9月に設立された会社です。
創業者は本田宗一郎氏であり、現代表取締役社長は八郷隆弘氏が務めています。
事業内容は二輪車や四輪車をはじめ、芝刈機・除雪機といったライフクリエーション事業を主要としています。
また、小型ジェット機及びターボファン式ジェットエンジンの開発や生産、加えて二足歩行ロボットの「ASIMO」といった各種ロボ機器の研究や開発、風力発電施設による売電事業を手掛けている会社です。
オートバイや自動車ばかりに注目が行きがちですが、多くの事業を展開しているのが本田技研工業(以後ホンダ)の特徴と言えるでしょう。
ホンダの歩み
1948年本田技研工業株式会社が創立し、従業員34人、資本金100万円で浜松の小さな町工場で自転車用補助エンジンの製造を始めました。
1953年には汎用事業開始として、農機用エンジンを開発し、後に耕うん機の販売も行っています。
1958年になるとスーパーカブを販売し、誰にでも扱いやすくて便利な乗り物として大ヒットを記録します。
そして1959年にはアメリカにも進出します。
ロサンゼルス初の海外現地法人として進出していき、アメリカン・ホンダ・モーターとして歩んでいきました。
1960年には株式会社本田技術研究所が設立され、より自由な発想で研究開発に専念できるようにと、本田技研工業株式会社から独立した事業として発足します。
1962年には日本初の本格的国際レーシングコース鈴鹿サーキットが完成し、翌年1963年は四輪事業に進出するなど、順調に歩みを進めていきました。
1964年には日本初のF1マシンRA271が第6戦ドイツGPにてデビューを果たします。
翌年の最終戦メキシコGPで初優勝を飾りファンを賑わせました。
1981年に世界初のカーナビシステムを販売、1982年はアメリカで日本メーカー初の四輪車現地生産を開始し、国内のみならず世界で活躍するホンダとしてその名を広めていきます。
2000年に入ると人間型ロボットを開発したり、燃料電池自動車を世界で初めてリース販売したりと、着々と活躍の場を広げていきました。
2014年には二輪車の世界生産累計3億台を突破、2016年委は四輪車の世界生産累計1億台を達成、そして2020年には人気車種、N-BOXが新車販売台数3年連続第1位獲得しています。
創業者・本田宗一郎氏の人物像
本田宗一郎氏は、1906年11月17日静岡県磐田郡光明村(現天竜市)で誕生しました。
父は腕の良い鍛冶職人、母は機織の名手でありました。
本田宗一郎氏は生まれつき手が器用で、機械への好奇心の強い子だったと言います。
実家が自転車販売を手掛けるようになってから父は、鍛冶屋のかたわら自転車の販売にも精を出し、近辺では評判の自転車店となっていました。
高等小学生の頃、本田宗一郎はある出会いに感激しました。それは、村に初めて現れた自動車に大感激したのです。
「その時かいだオイルのにおいを今も忘れない」と言い、当時一流の自動車修理工場であったアート商会で働きたいを思い始めます。
そして卒業後は実際にアート商会に入社したのですが、半年間は社長の子どもの子守ばかりだったそうです。
その後6年間アート商会で働いたのち、のれん分けという形で浜松市に支店を設立して独立します。
この時のれん分けを許されたのは本田氏のみであったと言い、自動車への愛と仕事に注力できる人物であったことが分かるでしょう。
そして1935年に結婚し、妻が自転車で遠出する姿を見て自転車補助エンジンの開発に勤しみました。
そんな本田宗一郎氏は自社ホームページにて、明確なビジョンを掲げています。
「強い商品、強いものづくり、強い事業」を実現することと、「すべての人に『生活の可能性が拡がる喜び』を提供する」ことの2点を挙げ、実行・実現に向けた熱い思いを伝えているのです。
こうして仕事に精を出す本田宗一郎氏に影響力は素晴らしいものとして、日本を代表する実業家にも選ばれています。
本田宗一郎氏著書の『やりたいことをやれ』とは?
ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、2005年に『やりたいことをやれ』という本を出しています。
続いてはこの本の内容と、実際に読んだ人のレビューをご紹介していきましょう。
本の内容について
『やりたいことをやれ』は、本田宗一郎氏が語った名言をまとめた一冊になっており、多く人の心を揺さぶってきました。
溢れるばかりの人間的な魅力に加えて、物事の本質を掴み切る洞察力は随一と言えるでしょう。
読む人すべてに喜び、そして勇気を与える言葉の数々が詰まっているのです。
「発明は恋愛と同じ」「成功とは99%の失敗に支えられた1%である」など、ホンダ社員にも語り継がれる珠玉の言葉に感動することでしょう。
レビューをご紹介
心に響く名著とも言われる『やりたいことをやれ』を実際に読んだ人はどのように感じたのでしょうか?
いくつかレビューをピックアップしてご紹介していきます。
やはり一流の人は考え方が面白い。はっとする意見が多い。
引用元:Amazon
世界で活躍するホンダを作り上げた本田宗一郎の言葉一つひとつに重みがあります。
様々な考え方にも気付かされるバイブルとも言える一冊です。
本田宗一郎という昭和の大社長の言葉が、思いがいっぱい詰まった名著だと思います。心に一言一言を刻んでいきたいと思う一冊です。
引用元:Amazon
この本に書かれている言葉を胸に刻んでいる方は多いでしょう。
本田氏の偉業と会社の歴史も理解した上で読み進めていくと、言葉に強い思いが込められていることが分かります。
これは良い本を買った!と思いました。目が覚めるような内容で、ちっとも古いものではなく、現代にも通じる内容であり、新人・中間管理職の人にも必見ですね!
引用元:Amazon
「これまでにはないもの」を掲げ、昭和時代を駆け抜けてきた本田氏ですが、令和になった今でも通ずる内容がこの本にはあります。
本田氏と同じ創業者でない方が見ても満足できる内容となっているようです。
まとめ
本田宗一郎が築き上げてきた本田技研工業株式会社は「ホンダ」という名前が世界にも通用するほどの大きな実績を残しています。
創業者である本田宗一郎氏は明確なビジョンを掲げ、どこまでも高みを目指していた方です。
その姿は創業時から日々進歩してきた会社の姿だけではなく学生時代からも見られ、「やると決めた」ことに対する思いが強いことが分かります。
本田氏著書の『やりたいことをやれ』にもそうした思いが詰め込まれています。
心を響かせるほどの影響力がこの本にはあり、読むことで今後の仕事にも大きな影響を与えてくれるでしょう。