日清食品の創業者・安藤百福氏の自伝からチャレンジ精神を学ぶ!!

日清のヌードル

日清食品の創業者である安藤百福氏は、世界初のインスタントラーメンを開発した人物として有名です。

そんな安藤氏は世界的な起業家としても知られており、波乱の人生を歩んできました。

今回は、ビジネスに欠かせない自己研鑽に励む人におすすめの書籍として、安藤百福氏の自伝『私の履歴書 魔法のラーメン発明物語』をご紹介します。

日清食品の歴史

日清食品と言えば、日本人にとって身近な企業と言えるでしょう。

日清カップヌードルやチキンラーメン、日清やきそばU.F.O、日清ラ王、日清どん兵衛など、日清食品の商品は誰もが知っていると言っても過言ではありません。

“おいしい、の その先へ。”を企業スローガンに掲げる日清食品は、東京タワーが公開された1958年に世界初のインスタントラーメンである『チキンラーメン』の発売以降、歴史を刻んでいます。

工場は1959年に大阪府高槻市に竣工、その後1965年に横浜工場、1970年代に関東工場、滋賀工場、下関工場を竣工、1978年には札幌日清を竣工しています。

世界中の国で食されるカップヌードルは、2003年に全世界販売累計200億食を達成しました。

チキンラーメンは発売から60周年を超え、カップヌードルも発売から50周年を迎えようとしています。

安藤百福氏はどんな人?

世界的な企業へと成長を遂げた日清食品の創業者、安藤百福氏の波乱万丈の人生は、NHK朝の連続テレビ小説『まんぷく』で描かれ改めて注目されるようになりました。

大阪の自宅裏庭に建てた小屋で、素人そのものの主人公ががむしゃらに即席めんの開発をする姿に夢中になりいつの間にか応援していた視聴者も多いでしょう。

無一文から即席めん、カップ麺を生み出した安藤百福氏の歩んだ道とインタビューなどをご紹介します。

安藤百福氏の生い立ち

1910年、大阪に生まれた安藤百福氏は、幼くして両親を亡くし祖父母に育てられました。

祖父母は呉服店を経営していて、安藤百福氏は幼い頃から商売の現場を見て育ったため、独立心と事業意欲が培われたと言えるでしょう。

22歳になりメリヤスを販売する会社を設立し繊維事業で大成功した後、その他にも炭焼き事業やバラック住宅の製造など様々な事業を展開しています。

時代を先取りするベンチャー精神、失敗から立ち上がるバイタリティー、世の中を明るくし人の役に立つ仕事をするとう信念が、若き日の安藤百福氏を支えています。

終戦後の食糧難で、世の中にお腹を空かせた人があふれて、栄養失調となる人が後を絶たない中、安藤百福氏は食の大切さを改めて痛感しました。

そんな時に闇市で1杯のラーメンのために行列を作る人々を目にし、アメリカの余剰小麦を使った食事の奨励が安藤百福氏の中で結びつきます。

安藤百福氏が理事長として執務に当たっていた信用組合が1957年に破綻したことで、すべての財産を失いながら、唯一残った大阪府池田市の借家で即席めんの開発に取り組みました。

寒空の下で闇市のラーメンに並ぶ人々を見て思いついた、お湯さえあれば家庭ですぐに食べられるラーメンを作るとうい決意が、世界初のインスタントラーメン開発を生み出したと言えるでしょう。

安藤百福氏の名言の中に、こんな言葉があります。

どんなに優れた思いつきでも、時代が求めていなければ、人の役に立つことはできない。

人の集まるところには、需要が暗示されている。

私はラーメンを売っているのではない。お客様に時間を提供しているのである。

 

どれも、明治生まれの安藤百福氏が激動の時代を兼ね抜け、生涯現役を貫いた姿を表した名言です。

インタビュー紹介

安藤百福氏へのインタビューは様々なメディアで行われています。

その中で、起業の秘訣について問われた安藤百福氏は「まず、ひと真似をしないこと。人の真似をせずに、時代の一歩先を読む。」と語っています。

時代の一歩先を読むためには、「自分の中に鋭敏なアンテナを持つことが必要です。興味のある分野を絞って、常に時代の変化をキャッチできるようにスイッチを入れておく。」ことで、他の人に見えない一歩先が見えるようになると答えました。

また、自分の判断に迷ったときはどうするかと尋ねたインタビュアーに対しては、

そういう時は、いろんな人の意見を聞くことです。

私は壁にぶつかると、先輩や友人の意見を聞く。だからと言って人の意見ばかり聞いて、自分の意見を持たないわけではありません。常識にとらわれない発想こそが、真の起業家の発想です

引用元:https://v-tsushin.jp/interview/nisshin_9/

とのメッセージを送っています。

安藤百福氏の自伝『私の履歴書 魔法のラーメン発明物語』

2007年1月に亡くなった安藤百福氏は、ビジネス書など多くの書籍を執筆しています。

ニューヨークタイムズが社説で『ミスターヌードル』を称えた安藤百福氏の書籍の中で、20代30代のビジネスマンにおすすめの本が自伝『私の履歴書 魔法のラーメン発明物語』です。

本の概要

安藤百福氏の『私の履歴書 魔法のラーメン発明物語』は、日経新聞に掲載されていた「私の履歴書」と、麺類の源を辿って中国大陸を旅した「麺ロードを行く」を合わせて収録した、インスタントラーメン開発50周年に合わせて文庫化された本です。

無一文から再起して、世界で初めての即席めん・カップ麺を生み出した安藤百福氏の人生が書かれています。

レビュー紹介

90歳になっても挑戦し続けた安藤百福さんの姿勢からは学ぶことが多くあります。

引用元:Amazon

 

本書を手にし、挑戦しないことの理由に年齢を挙げ、言い訳にしていたことに気付かされる人も多いのではないでしょうか。

40歳代後半から世界初の即席めんを開発にチャレンジした安藤百福氏の生きざまに感動する人は多いようです。

今の日本人には見習うことがいっぱいあります。明るく楽しく優しく力強く情熱的に生きて行く人の雰囲気・感性を学ぶのにはピッタリの本です。意外と普通なのですが、やはり凄い!

引用元:Amazon

 

どのように生きるべきかで迷っている人も、この本を読むことで新しい自分のあるべき姿、どのように人生をクリエイトすべきかに気付くことができるでしょう。

まとめ

今回は、日清食品の創業者である安藤百福氏についてご紹介しました。

安藤百福氏は幼くして両親を亡くし、経営者だった祖父の下で独立心と商売の魂を養いながら成長しています。

明治生まれの気概溢れる安藤百福氏の書籍『私の履歴書 魔法のラーメン発明物語』は、激動の時代で生涯現役を貫き、チャレンジし続けた安藤百福氏の人生が書かれた自伝です。

40代で無一文になり、借家の裏庭でがむしゃらに開発した即席めんで世界的な企業の礎を作り出した安藤百福氏の人生は、あきらめずにチャレンジし続けることの意味や、人生を作り出す情熱を教えてくれます。

立ったまま食べられるカップヌードルは行儀が悪いと市場で受け入れられなかった時も、新しい販売ルートを開拓、お湯の出る自動販売機の設置や試食販売など様々なチャレンジを続けました。

浅間山荘事件の緊迫が続く現場で警視庁の機動隊員たちがカップヌードルを食べる姿が連日テレビで放送されヒット商品となり、いまやカップヌードルは日本生まれの世界食になっています。

この本から学べる内容は、現代を生きる私たち日本人が忘れかけた、シンプルながら情熱にあふれた愛ある人生の在り方だと言えるでしょう。

ぜひ、新しい自分の道しるべとして安藤百福氏の自伝を手に取ってみてください。

 

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