【調査】気になる日本大学事業部の経営体制と経営陣について!!

株式会社日本大学事業部は、日本大学の学生支援などの事業を展開する会社です。

日大事業部のアクセス
  • 住所:〒156-0044 東京都世田谷区赤堤五丁目36番20号
  • 最寄り駅:京王線 下高井戸駅/京王線 桜上水駅(ともに徒歩8分程度)
  • 場所:松原高等学校と警察科学研究所の間

日本大学事業部の存在は知っているものの、どんな経営体制をとっているのか、どのような人物が経営陣にいるのか気になっている方は多いのではないでしょうか?

今回は日大事業部が掲げる経営方針や最新の経営体制・経営陣について調べてみました!

「日大事業部の事業内容や収益モデルを知りたい!」
「噂のアメフト問題との関係が気になる!」

という方は参考にしてみてください。

日大事業部の事業や経営方針

日大事業部の経営方針

日大事業部は、事業活動で得た利益を学校法人日本大学に寄付・還元することで新しい収入源を確保すること、コスト削減の支援を行い、財政基盤の確立に尽くすことを目的とした会社です。

還元の例としては、奨学金ではないでしょうか。令和2年度、日本大学文理学部では日大事業部の奨学金募集をしております。給付額は年10万円で書類選考の後、対象者が決定されるようです。

では、日大事業部はどのような事業を行っているのでしょうか?

事業は人財サービス事業保険代理店事業、教育支援事業、不動産関連事業と多岐に渡ります。

一部詳しく見ていきましょう。

人材サービス事業
ここでは、学生寮の費用を徴収するための事務代行サービスや広報活動支援サービス、一般や特定労働者の派遣など業務効率化を実現するサービスを幅広く提供しています。
保険代理店事業
ここでは、学生向け保険、教職員向け保険、そしてインターネット完結型の保険を揃えています。

  • 学生向け保険:日本大学学生生徒等総合補償制度を利用し、個人加入よりも得な保険を提供しています。学業、部活、アルバイト、インターンシップ、ボランティアで起こる賠償事故、怪我などに備える事ができます。
  • 教職員向け保険:様々な不測の事態に備える団体保険制度です。家族も加入可能のようです。
  • インターネット完結型:海外・国内旅行保険、海外留学保険、レジャー保険、自動車保険、火災保険などインターネットで契約可能な保険です。

詳細が気になる方は、ホームページを覗いてみてはいかがでしょうか?

日大事業部の経営理念は、事業を通して日大が高等教育機関としての公共的な役割や社会的責任を成し遂げ、新しい歴史を築いていく人材を多く輩出するために、側面からアシストすることです。

では、日大事業部が掲げる経営方針を見ていきましょう。

・日大の教育と研究の拡充や発展に尽くす
・事業活動で得た収益は学校法人日本大学に還元する
・大学のスケールメリットを活かし、事務の効率化やサービスの質向上に努力する
・大学が持つ資産を有効活用し、新規事業の展開に努力する
・学生のニーズを汲み取ったサービスで、充実した大学生活を支援する
・学生や教職員、校友の福利厚生の提供やサービスの質向上に努力する
・大学の事業会社として、地域社会や校友との連携や調和を築く努力する
・大学の目的や使命による、自主創造の気風を養える企業風土の確定する
・大学の社会的責任を重んじて、ステークホルダーに対して説明責任を果たす経営に努力する

経営方針を見てみると、日大事業部は日大への貢献を目的としている会社であることが分かるでしょう。

また、地域社会や校友とのつながりも大事にする経営に努める方針も掲げています。

ステークホルダーは組織活動において様々な影響を受けるので、何か影響が出る可能性がある時は説明責任を果たすことも大事な経営方針として定めています。

学校法人日本大学

学校法人日大大学は、日本大学を運営する学校法人です。東京都千代田区九段南に本部があり、日本国内の教育機関としては最大の規模を誇ります。

長い歴史を持つ学校法人なので、ここからは歴史や日大の特徴をご紹介しましょう。

学校法人日本大学の歴史


学校法人日本大学には、いくつか前身組織があります。

  • 1889年、明治政府が設立した神職養成の中央機関である皇典講究所に、法学部の前身である日本法律学校が創立されました。
    創設者:学祖の法務大臣の山田顕義氏、総代の宮崎道三郎氏や初代校長の宮崎道三郎になります。
    当時は欧米諸国の法律の教育が主流でしたが、日本の法律を学ぶ場所として誕生した日大は独自性を発揮した私学でした。
  • 1898年、高等専攻科が設けられ、卒業生には日本法律学士の称号が与えられました。
    また、同年に皇典講究所から分離独立を果たし、財団法人日本法律学校に変わりました。
  • 1901年には後の文芸部、そして現在の文理学部の前身となる高等師範科が設置され、法学以外の学部が登場します。
  • 1903年には財団法人日本大学に改称しています。
    また、1093年以降は経済学部・商学部や理工学部、芸術学部、歯学部、医学部、工学部などの前身を設置していきました。
  • 1951年に組織は財団法人から学校法人へと変更が認可されました。
    日大は新しい学部や教育機関の設置、合併により組織の規模を大きくしていきます。
    そして、2010年1月には学校法人日本大学が全額出資し、株式会社日本大学事業部を設立し、新しい収入源を確保しました。

日大の特徴

日大は自主創造を理念として掲げています。創立以来、自ら進んで物事に取り組む精神で大学教育や研究を牽引してきています。

日本人としての主体性を意識しつつも、グローバリゼーションに対応できる視野を持ち、また学びや活動体験を活かしながら、自主創造の気風を持つ人材の育成に力を入れています。

生徒の数は国内の大学ではトップクラスを誇り、法学部をはじめ学部も色々あります。日本最大の学校法人なので、全国各地にキャンパスや付属学校なども点在している点も大きな特徴でしょう。

卒業生には著名人や中小企業の社長などが多き、特に芸術学部出身の署名人が多いです。

アメフト問題と最新の経営体制および経営陣


日大と言えば、アメフト問題で一時期話題となりました。

アメフト問題について簡単に説明しつつ、日大事業部との関係性や現在の経営体制・経営陣について紹介しましょう。

アメフト問題の詳細

2018年5月6日、関西学院大学との試合でアメフト部の1人が3回も危険なタックルを行い、退場になった事件がありました。タックルの被害を受けた選手は、全治3週間の膝軟骨損傷と腰の打撲を負いました。

調査が進むと、反則をした選手は当時監督だった内田正人氏やコーチの井ノ口忠男氏から反則の指示があったと周りに話していたことが発覚し、大問題へと発展しました。

その後、内田監督は謝罪会見を開き、監督を辞任するものの、反則の指示については触れられませんでした。

日大広報部は「相手をつぶせ」という言葉はあったものの、本来の意味は「最初から思い切って当たれ」という意味だったと釈明しています。

また、内田監督と井上奨コーチは反則の指示は出してないと、都内での記者会見に改めて否定しました。

記者から色々と質問が出るものの、答えられない状況が続き司会者が会見を打ち切ろうとする場面も見られました。

記者も世間も納得しない中、監督やコーチ、司会者、大学側には非難が殺到し、日大の名に傷を付ける問題となってしまいました。

アメフト部と日大事業部の関係性

アメフト部と日大事業部自体の直接的な関係はありません。

しかし、内田監督が日大の理事だった時代、日大事業部の役員を務めていました。また、コーチの1人であった井ノ口忠男氏も事業企画部長でした。

この関係性からアメフト部との関わりが疑われていましたが、あくまでも事業活動に基づく間接的な関係しかなかったと考えられます。

なお、井ノ口氏の経歴については別記事でも触れておりますので、井ノ口氏のことを知らないという方は御覧ください。

日本大学でアメフトを牽引してきた井ノ口忠男氏とは?人物/経歴/指南書をご紹介

日大フェニックスの新監督

日大フェニックスの新監督を務めるのは、2003年、2004年の日本選手権で立命館大学を2連覇へ導いた橋詰功氏です。

監督のシルエット

アメリカで強豪として知られているオクラホマ大学への留学経験もあり、自ら監督に応募したそうです。

選考委員会は日大アメフト部の立て直しに一役買ってくれるのではないかと期待しての任命でした。

方法などを変えてアメフト部の体制自体を変化させようとしているそうです。

現在の経営体制について

内田監督はアメフト部の監督や理事を辞任し、日大事業部の役員も一身上の都合で辞任しています。

また、井ノ口氏も2018年7月4日付けで事業企画部長を辞任しています。

アメフト部関係者の2人はすでに辞任しているため、大学にも事業部にも関わりはないようです。

そして、現在の経営陣は代表の出村克宣氏、役員には大塚吉兵衛氏や井手達雄氏、大里裕行氏がいます。

いずれも日大の学長や理事を務める人物です。日大は34人の従業員で経営を回しているようです。

田中理事長の経歴


日大の現理事長は田中英壽氏です。

2008年に理事長に就任し、歴代では第12代目にあたります。日大事業部は田中理事長の肝いりで発足されたと言われています。

では、田中理事長がどんな人なのか、これまでの経歴をご紹介しましょう。

元々田中理事長は日大の経済学部出身です。

当時相撲部に入部しており、卒業後は相撲部のコーチをしながらアマチュア力士として第一線で活躍、過去にはアマチュア横綱に輝き、また合計34ものタイトル獲得も果たしている実力者です。

現役引退後に相撲部の監督となり、舞の海や久島海など大相撲で活躍する力士を育てました。1999年に日大の理事、2000年には常務理事になり、その後理事長就任に至りました。

今後の展望


日大事業部は学生や教職員向けの保険代理事業や学生支援など幅広い事業を通じて、利益を出しています。その利益の一部は日大に還元されているので、日大にとって重要な収入源であることは間違いありません。

日大は日本でも知名度が高い大学であるため、悪い話題が出ると目立ってしまいがちです。

しかし、これはあくまでも大学側の問題であり、日大事業部の事業活動により起きた問題ではありません。そのため、日大事業部に直接的な不利益を被ることはないでしょう。

日大事業部は過去に69億円の売上を出しており、赤字経営は今のところ出ていません。

この69億という売上は、早稲田、慶応、明治大が設立した会社の売上が20~30億円であるのと比較すると圧倒的な数字であることが分かります。

今後も新しい収入源の確保と大学の財政基盤の構築のために、利益を増やせる事業に取り組んで大学に貢献していく会社であり続けるでしょう。